下歯槽神経麻痺(オトガイ神経麻痺)
下歯槽神経(かしそうしんけい)とは
三叉神経は3つに神経が枝分かれをしているので
このような名前がついています。
三叉神経の第Ⅰ枝を眼神経(がんしんけい)
第Ⅱ枝を上顎神経(じょうがくしんけい)
第Ⅲ枝を下顎神経(かがくしんけい)といいます。
その下顎神経が頬神経、舌神経、下歯槽神経の3つに枝分かれをし、
その中の下歯槽神経がオトガイ孔から出るとオトガイ神経という名前に変わります。
神経の名前って枝分かれをするとどんどん名前が変わってややこしいですよね。
ここで必要なのは三叉神経の一番下の枝があごにいっていて
下歯槽神経もしくはオトガイ神経という名前になるんだな
ということだけです。
下歯槽神経・オトガイ神経は下唇(したくちびる)・あごの知覚(触覚・痛覚・温度覚)の一部を支配しています。
オトガイ孔から神経が出てくる前に傷害された場合を下歯槽神経麻痺といい、
オトガイ孔から神経が出てきた後に傷害された場合をオトガイ神経麻痺といいます。
総称して三叉神経麻痺や三叉神経知覚麻痺(三叉神経知覚異常)ということもあります。
下歯槽神経麻痺の症状とは
下歯槽神経は、下唇から下あごにかけての皮膚から口の粘膜、歯肉などの知覚を支配しています。
この神経が傷害されると、
下唇・下あごの周囲の皮膚や口の中の粘膜、歯肉の知覚異常、知覚脱失、知覚低下、 知覚過敏になります。
知覚異常とは、しびれ感、違和感、痛覚過敏、触刺激が痛みに感じる、重だるさがあるなど表現は人それぞれです。
知覚脱失=感覚がない、何も感じない
知覚低下・知覚鈍麻=他の正常な部分と比べて、刺激に対して感覚が鈍い
知覚過敏=他の正常な部分と比べて、刺激に対して異常に強く感じる
また、その部分の筋肉を動かすのは主に顔面神経が担っていますので動きにはほとんど問題ありません。 しかし、感覚を参考に人間は筋肉を動かしますので、下歯槽神経(オトガイ神経)が損傷されると思うように動かないような感じがしま す。
特に食事の時や、人と話をする時な どに自覚します。
下歯槽神経麻痺の原因
下歯槽神経麻痺の原因としては、
事故による顎の骨折、下の歯のインプラント手術、下の歯の抜歯や神経の処置(抜髄)、歯科治療時の麻酔(伝達麻酔)、あごの骨を切る手術などにより下歯槽神経を損傷した場合におこります。
なぜ、下歯槽神経を傷つけてしまうのかというと神経は画像に写しだすことはできず、神経の走行も人それぞれ違うからです。
※現在はある一部の施設(特殊な技術が必要)でMRIによる画像診断ができるようですが
歯科治療前にMRI撮影をすることはほぼありません。
治療をする時は大体ここを神経が通っているであろうという想定で行われます。 抜歯時、歯と神経が接近しており、神経を損傷する可能性がある場合でも、まわりの歯の影響を考え抜歯せざるをえないこともあります。その時は、医師から神経損傷の可能性を説明されます。
下歯槽神経麻痺の治療
下歯槽神経の完全切断もしくは日常生活に支障があるほどの痛みが続く場合は、神経の縫合術や神経腫の切除などの手術が行われます。
それ以外の場合は、星状神経節ブロック、低出力レーザー照射、薬物療法などがおこなわれます。
星状神経節ブロックとは
星状神経節は首の付け根付近にあり、頭・頚・胸部などを支配している交感神経節が集まっている場所で、そこに局所麻酔薬を浸透させることにより交感神経を抑制し、顔面部の血流を改善することで神経の再生を賦活させます。
低出力レーザー照射とは
低出力レーザーを主に星状神経節部と症状の出ている部位に照射します。そうすることにより交感神経を抑制し血行を良くします。非侵襲的(からだに対する影響が少ない)なので比較的行いやすい治療法です。
薬物療法とは神経の賦活を目的に、ビタミンB12が用いられます。痛みの出るときは局所麻酔薬 やステロイド剤、抗鬱剤、抗痙攣剤も用います。
下歯槽神経麻痺に対する当院での施術
下歯槽神経麻痺に対する当院での施術は、神経の走行を考え、その神経がのびようとする働きを促すような鍼灸を行います。
お顔へのはりが基本となりますが全身施術致します。
理由としては
お顔へのみ鍼を行うとのぼせてしまうことがあります。
下あごに向かう経絡の流れが手にあります。
頭、顔面部の血流をよくするためには肩こりや首のこりを緩和する必要があります。
手術をしたくない方、
星状神経節ブロックの副作用がこわくてできなかった方、
星状神経節ブロ ック治療を終了したがまだ症状の残っている方、
低出力レーザー照射のみの治療であまり効果のあらわれな かった方、
薬物療法やその他の治療と併用して鍼灸施術を行いたい方、
症状が出てから時間が経過しており他に治療法がないと言われた方
などに施術をさせていただいております。
神経損傷の程度により予後が変わると言われておりますが、
神経の圧迫程度で傷がついていなければ4カ月~半年ぐらいでほっておいても治癒すると言われています。
逆に言うと、半年後に残っている症状がある場合
損傷前の状態に戻ることはなかなか難しいと一般的にいわれています。
しかし、これまでの経験からの印象では
発症から3カ月経って何らかの症状が残っている場合、
そこから症状の改善はみられるものの
まったくの元通り(損傷前の状態にもどった)になった人はごくわずかのように感じています。
どのぐらいの損傷があるかは症状だけではわかりません。
MRIによる画像診断(あごの部分の撮影には技術が必要なため、ある一部の施設のみで受けれます。)が必要になるかもしれません。
治療は早期から行う方が予後がいいといわれて おりますので、
当院でも早めの施術をおすすめしています。
神経の損傷の程度にもよりますが、もとどおりスッキリ治るという方は少数です。
ですが鍼灸を行うことにより、ほとんどの方が生活に支障がない程度になりましたとおっしゃっておられ ます。
知覚の麻痺ですので、まわりの人は気が付かないものですが、本人としては喋りにくく、 食事がしにくく、痺れがあったり、逆にピリピリ痛みがでたりするとても不快な症状が続きます。
それが少しでも緩和されるようお手伝いさせていただきます。
下歯槽神経麻痺に対する施術についての注意点
下歯槽神経麻痺に対する鍼灸施術は、顔面部に多数はりを致します。たまに、内出血を伴うこ とがあります。内出血が起こらないよう、細めの針を使用し、針を抜いた後は圧迫止血を丁寧に行うようにつとめておりますがそれでも起こることはあります。その点はご了承くださいませ。
参考文献
カラーグラフィックス 下歯槽神経・舌神経麻痺 野間弘康 佐々木研一 山崎康夫他 第2版 医歯薬出版株式会社
口腔顔面痛の診断と治療ガイドブック 第2版 日本口腔顔面痛学会 医歯薬出版株式会社
口腔顔面痛の診断と治療ガイドブック 日本口腔顔面痛学会 医歯薬出版
当院院長の論文
『口腔顔面領域の知覚異常に対する口腔内刺鍼の経験』全日本鍼灸学会雑誌 66巻1号